生活に必要ではないものが、なぜ人生を豊かにするのでしょうか。時間を知るだけなら別の道具で足りるのに、機械式時計の動きを眺めたくなる。夕焼けの色を見ると気持ちがすっとする。日本酒を味わう時間が好きだ。今回の対話は、そんな嗜好品と趣味の話から始まりました。
嗜好品の価値を一つの理由へまとめることはできませんでした。ただ、現在に没頭させること、記憶を重ねること、自分の好みを知ること、役に立つかどうかから離れることなど、いくつもの見方が現れました。
嗜好品が人生を豊かにするのはなぜか
問いを出した人にとっての嗜好品は時計でした。高価さだけを求めているのではなく、自動巻きの機械的な作りや、裏側から見える動きをぼんやり眺めることに惹かれる。安価な時計のベルトを替え、自分で手を加える楽しみも語られました。
ほかにも、日本酒や夕焼けが挙がりました。夕焼けは季節や気温などによって色が違い、オレンジやピンクに見える日もある。その変化を眺めると気持ちがすっとするという話です。そこには、何かを達成するためではない、理屈より先にある好みがありました。
将来ではなく「今」を味わう
対話で出た一つの見方は、嗜好品はそれ自体が目的だから、現在へ意識を向けやすいというものです。お酒を飲みながら遠い将来の味を考えるのではなく、今おいしいと感じる。空を見て、今きれいだと思う。時計の動きを見て、今かっこいいと感じる。
幸せを「足りないものが将来満たされた状態」と定義すると、現在はいつも未完成に見えてしまいます。それに対して嗜好品は、目の前の感覚へ戻るきっかけになります。対話では、このあり方が「今に集中する」という意味でマインドフルネスにも重ねられました。
物に記憶とロマンが重なる
時計には、機能だけでなく思い出も重なっていました。頑張った区切りに買った時計や、二十歳のときに家族から贈られ、修理しながら使っている時計。時間を知る道具という目的を超えて、その人が過ごした時間を思い出させる物になっています。
古い時計を受け継ぐことへのロマンや、家族から譲られた昔の着物を今の感覚で着る話も出ました。現在にはない柄や素材へ価値を感じる。嗜好品が人生を豊かにする背景には、物の機能だけでなく、誰から受け取ったか、どの時期に手にしたかという物語もあります。
好みを通して自分を知る
便利な道具で十分だと思う人がいる一方で、機械式時計に惹かれる人もいます。その違いを言葉にしようとすると、自分はデジタルよりアナログなものが好きなのかもしれない、機械仕掛けや長く残る物にロマンを感じるのかもしれない、といった自己理解が生まれます。
好みには、いつも明確な理由があるとは限りません。なぜ空を見るのが好きなのか。なぜその時計を眺めてしまうのか。説明できない感覚も含めて、自分が何に心を動かされる人なのかを教えてくれます。
役に立つことから離れる自由
対話では、理由を求めない行為と自由を結びつける見方も紹介されました。何かの評価を得るためでも、将来の利益のためでもなく、やりたいからやる。そうした行為には、目的や効率に縛られない時間があります。
もちろん、理由がないことと、人生が豊かになることがそのまま同じだとは決まりません。自由と幸せも別の概念です。それでも、生活のために必要なことだけで一日を埋めず、心が動く余白を持つことは、豊かさを考える手がかりになります。
嗜好品の価値は、答えより体験にある
嗜好品が人生を豊かにするのは、役に立つからではなく、今を味わい、記憶を重ね、自分の好みを確かめる時間を作るからかもしれません。ただし、これは対話で出た複数の見方をつないだ仮説であり、一つの結論ではありません。
なくても生活できるのに、なぜか手放したくないもの。説明できなくても、つい眺めたり、味わったり、触れたりしたくなるもの。あなたにとって、その時間は何を豊かにしているのでしょうか。


