会社の同期は、必ず友達になるべきなのでしょうか。仕事の話はできるのに、休日や趣味の話になると急に距離を感じる。周囲が同期同士で食事や旅行を楽しんでいると、自分だけが離れているようにも見える。今回の対話では、そんな戸惑いから、同期と友達の距離感を考えました。
対話を通して見えてきたのは、同期を「友達」か「ただの仕事仲間」かの二択で決めなくてもよい、という見方です。相談できる横のつながり、同じ時期に入社したクラスメイトのような関係、趣味が合えば自然に遊ぶ相手。関係にはいくつもの濃淡がありました。
同期と友達の距離感に迷ったきっかけ
問いのきっかけは、入社して数年たっても同期と仕事以外の話をしにくい、という感覚でした。ほかの同期同士は飲みに行ったり食事をしたりしている。それを見ると、自分だけが距離を置いているのではないかと考えてしまいます。
一方で、自分から私生活へ踏み込みたいわけでもありません。休日の過ごし方や趣味を聞かれたとき、正直に答えなければならないように感じて疲れる、という話も出ました。親しくなりたい気持ちと、必要以上に近づかれたくない気持ちは、同時に存在します。
「弱いつながり」でも仕事では意味がある
対話では、同期は偶然同じ時期に会社へ入った人たちであり、まずは弱いつながりとして捉えてもよいのではないか、という見方が出ました。友達と呼べるほど親密でなくても、同じ立場だから話せることや、困ったときに相談しやすいことがあります。
学校のクラス全員と友達になる必要がないように、同期全員と同じ深さで付き合う必要もありません。仕事の連携に必要な関係を保ちつつ、気の合う相手とは少し近づく。この中間の考え方は、同期と友達の距離感に悩むときの一つの見取り図になります。
誠実さが雑談を難しくすることもある
印象的だったのは、何気ない質問にも、きちんとした答えを返そうとするほど会話が重くなる、という話です。「好きな色は何か」「休日は何をしているか」と聞かれたとき、理由や定義まで考え始めると、気軽には答えられません。
そこで、会話のすべてを百パーセントの自己開示にしなくてもよい、という視点が置かれました。最近少し気になること、話の一部だけが本当のこと、相手が広げやすい話題。そうした小さな入口は、嘘をつくこととは別です。自分を守りながら相手へ渡せる範囲を選ぶ、会話の余白とも言えます。
関係は時間とタイミングで変わる
入社直後には距離があった相手とも、転職や共通の悩みをきっかけに、数年後に話しやすくなることがあります。最初から友達を目指さなくても、時間がたって互いの状況が変わると、同じ経験がつながり直す入口になるという話もありました。
逆に、関係が変わらないこともあります。それでも、当時の距離の取り方が間違いだったとは限りません。今の自分に必要なつながりと、将来振り返ったときに欲しかったつながりが一致するとは限らないからです。
同期と友達のあいだに、自分なりの関係を置く
友達の定義も人によって違います。初対面で意気投合すれば友達と呼ぶ人もいれば、深い事情まで知って初めて友達だと考える人もいる。定義が違うまま「同期は友達か」と問えば、答えがまとまらないのは自然です。
大切なのは、同期を友達にすることではなく、仕事をする自分が無理なく保てる距離を見つけることなのかもしれません。相談できる関係はほしいのか。私生活はどこまで話せるのか。気の合う相手とは職場の外でも会いたいのか。その答えを一つずつ分けて考えると、同期と友達の距離感は少し扱いやすくなります。
親しくなることを急がず、かといって最初から閉じきらず、相手の考え方を一つ借りてみる。そんな小さな試し方の先に、友達とも他人とも言い切れない、自分に合った関係が生まれるのかもしれません。


