共通点がある人に親近感を覚える理由とは
同じ出身地、同じ趣味、同じ学校──共通点が見つかった瞬間に、心の距離がぐっと縮まる。この感覚を経験したことがある人は少なくないでしょう。しかし、共通点がある人になぜ親近感を覚えるのかを言葉にしようとすると、途端に難しくなります。
今回の哲学カフェでは、この素朴でありながら奥深い問いについて参加者同士で語り合いました。対話のなかで一つの仮説として浮かんだのは、親近感を生むのは共通点そのものだけでなく、それを「発見」したときの驚きや心の動きではないかという考えです。
オンラインで見つけた同郷の人がテーマのきっかけに
今回のテーマは、ある参加者の体験から生まれました。交流拠点に関連するオンラインコミュニティで、自分と同じ地方の小さな町の出身者を見つけたというのです。人口3万人を切る町の出身者同士が、地元から離れた場所につながるコミュニティで偶然出会う。その珍しさから、強い親近感が湧いたといいます。
その人とは、まだ直接会ったことはありません。オンライン上で同じ地元だとわかっただけで、一気に身近な存在に感じられたそうです。この体験を入口に、共通点がなぜ親近感につながるのか、それぞれの経験をもとに意見を交わしました。
共通点と親近感をめぐる対話
相手の人生を想像しやすくなる安心感
最初に挙がったのは、共通の背景があると相手の人生を想像しやすくなるという視点でした。同じ地域で育った相手なら、どのような風景のなかで暮らしていたのか、どの店を利用していたのかといった生活の一部を思い浮かべられます。まったく知らない土地で育った人よりも想像できる範囲が広いため、警戒心が少し下がるのではないかという意見です。
共通の話題がありそうだという期待も生まれます。地元の店や交通事情、地域ならではの不便さなど、普段は周囲に伝わりにくい話を共有できる相手が見つかると、この人とは話が通じそうだと感じられます。共感し合える相手を見つけた喜びが、親近感につながるのかもしれません。
共通点の希少性が親近感の強さを変える
小中学校の頃は、同じ地域に住み、同じ学校に通う人が周囲に大勢います。同じ属性が当たり前の環境では、それ自体に特別な価値を感じることはありません。ところが、大人になって生活圏が広がると、同じ出身地の人と出会うことは珍しくなります。
学生時代に同じクラスだったとしても仲良くならなかったかもしれない相手が、遠く離れた場所で再び出会えば特別に感じられる。対話では、共通点の内容が同じでも、それが見つかる環境や希少性によって受け止め方が変わるのではないかという見方が出ました。同じ国の出身という大きなくくりよりも、人口の少ない同じ町の出身だとわかったときのほうが、感情が大きく動くということです。
親近感と信頼感は同じではない
対話が進むなかで、親近感と信頼感は分けて考えたほうがよいのではないかという意見も出ました。共通点が見つかると心の距離が縮まる感覚はあっても、その人を信頼できるかどうかは別の問題です。
たとえば、マッチングアプリでは趣味や出身地などの共通点をあらかじめ確認できます。それでも相手への警戒がなくなるわけではなく、メッセージが続かないこともあります。親近感は心を少し開くきっかけにはなっても、信頼にはその後のやりとりや行動の積み重ねが必要です。似た属性を持つという理由だけで安心しすぎることには、注意が必要だという話になりました。
対話から浮かんだ問いと気づき
共通点を「発見」することが心を動かす
マッチングアプリの話から、共通点を知るタイミングにも議論が広がりました。プロフィールで趣味や出身地を事前に知っている場合と、会話の途中で偶然同じだとわかる場合とでは、感情の動き方が違います。
事前のメッセージで共通点について話し終えていると、実際に会ったときには、答えをすでに知っている質問ばかりになってしまうことがあります。一方、何も知らない状態から会話を重ね、思いがけず共通点を見つけたときには驚きが生まれます。対話では、共通点があることに加えて、それを発見した瞬間に心が動くことが、親近感を強めるのではないかという見方が出ました。
過去を共有すると距離が縮まりやすい
営業に関する本で読んだ話として、初対面の相手との会話を早い段階で小学校以前の思い出につなげると、関係を深めやすいという考え方も紹介されました。今の仕事を始めた理由などをたどっていくと、幼少期の経験に行き着くことがあります。相手の原体験に触れることで、その人の考え方や人となりを理解しやすくなるという見方です。
一方で、幼少期の出来事をすぐに思い出したり、エピソードとして語ったりするのは難しいという声もありました。具体的な物語にできなくても、暮らしていた場所や風景を手がかりにすれば、過去について話せることもあります。過去を知ることが、相手を身近に感じる一つのきっかけになるのかもしれません。
共感を求める人と未知を楽しむ人
共通点のない人と話すことを楽しいと感じるかどうかについては、参加者の意見が分かれました。知らない土地や暮らしについて聞き、新しいことを知るのが楽しいという人がいる一方、ある程度の共通点や関心がなければ会話を続けにくいという人もいました。
この違いは、会話に何を求めるかの違いとも考えられます。共感を重視する人にとって、共通点は対話の大切な出発点です。未知への好奇心を重視する人にとっては、相手との違いそのものが会話のきっかけになります。どちらを心地よく感じるかは人によって異なり、同じ会話でも求めているものが違うのではないかという問いが残りました。
「仲良くなりたい」と親近感は同じなのか
対話の終盤では、親近感という言葉の意味そのものが問い直されました。親近感と仲良くなりたい気持ちはほぼ同じだと捉える人がいる一方、親近感は相手を自分に少し近い存在だと感じるだけで、仲良くなりたい気持ちとは別だと考える人もいました。
たとえば、街中で自分と同じ髪色の人を見かけたとき、親しみを感じる人もいれば、色合いやこだわり方が違うため同じだとは思わない人もいます。共通点があるだけでは親近感につながらず、相手への関心や、会話を始めるきっかけが必要な場合もあります。同じ言葉を使っていても、それが指す感覚は一人ひとり異なるようです。
対話で出た仮説と残った問い
共通点がある人になぜ親近感を覚えるのか。今回の対話から、いくつかの手がかりが見えてきました。
- 共通の背景は、相手の人生を想像しやすくするのではないか
- 共通点が珍しいほど、発見したときの驚きも大きくなるのではないか
- 共通点そのものだけでなく、発見した瞬間の心の動きが親近感を強める可能性がある
- 親近感と信頼感は別であり、信頼にはその後のやりとりや行動が関わるのではないか
- 親近感と呼んでいる感覚の意味は、人によって異なるのではないか
対話は一つの明確な答えには収束しませんでした。むしろ、参加者によって親近感の意味そのものが違うのではないか、という新たな問いが残りました。答えの決まっていない問いを一緒に考え、互いの感じ方の違いを知ることも、哲学カフェの面白さです。
日常のなかで何気なく感じている親近感を、少し立ち止まって見つめ直してみる。そうすることで、自分が人間関係に何を求めているのかが、少し見えやすくなるかもしれません。


