こんにちは。哲学カフェの運営チームです。 先日開催した対話イベントのテーマは、多くの人が一度は自問したことがあるであろう、深遠な問いでした。
「人って、本当に変われるんだろうか?」
新しい年や新学期に「今年こそ変わるぞ!」と意気込んでも、気づけばいつもの自分に戻ってしまう。そんな経験はありませんか? 一方で、過去の自分とは別人かのように、劇的な変化を遂げた人の話も耳にします。
今回の哲学カフェでは、この「人は変われるか」という問いを起点に、参加者の皆さんとじっくりと対話を深めました。 「根本は変わらない」という感覚と、「確かに変わった」という実感。その両方を紐解いていく中で、自分自身を理解するための多くのヒントが浮かび上がってきました。
この記事では、当日の白熱した議論の様子と、そこから見えてきた「変化」の多様な側面についてレポートします。
「変われない」という感覚の正体
対話のきっかけとなったのは、ある参加者からの「結局、人は根本的には変われないのではないか」という、率直な問いかけでした。
根本的な自分は死ぬまで変わらない?
「小さな頃から持っているこの“感覚”は、様々な経験や知識を経ても、ずっと変わっていない気がする。だとしたら、この感覚のまま死ぬまで変わらないのではないか」
この感覚に、多くの参加者が「わかる」と頷きます。 私たちは日々、新しい情報に触れ、新しい経験を積んでいますが、物事を感じ取る「根本的な部分」や「核となる自分」は、そう簡単には変わらないのではないか。むしろ、変わっていないと信じたい部分すらあるのかもしれません。
では、もし根本が変わらないのだとしたら、私たちが「変わる」と呼んでいる現象は一体何なのでしょうか。
性格は変わらないが「考え方」は変えられる
ここで、非常に示唆に富む意見が出ました。
「性格は変わらない。でも、考え方は変えられる」
例えば、「自分は根本的に怠け者だ」という“性格”は変わらないかもしれない。 しかし、「怠け者の自分が、どうすれば社会と折り合いをつけて生きていけるか」「どうすれば一歩を踏み出せるか」という“考え方”や“対処法”は、学びや経験によってアップデートできる、というのです。
「昔はある人に言われたのが、まさに『性格は変わらないけど、考え方は変えられるよ』ということでした。本を読んだり、こうして哲学カフェで他人の考えに刺激されたりすることで、確かに考え方は変わっていく実感があります」
この視点は、「変わる・変わらない」の二元論ではなく、「何が変わり、何が変わらないのか」を分けて考える重要性を示してくれました。
では、何が「変わる」のか? 参加者から出た多様な視点
「人は変われるか」という問いは、対話が進むにつれて「人は“どう”変わるのか」という、メカニズムの探求へとシフトしていきました。
視点1:環境と人間関係が「見せる面」を変える
最も多くの共感を集めたのが、「環境が変われば、人は変わる(変わらざるを得ない)」という視点です。
ある参加者は、自身の鮮烈な体験を語ってくれました。
「大学受験に失敗し、鬱々とした日々を送っていました。でも、このままではダメだと思い、自分の人生を変えたい、環境も人も変えたいという意味で、全くバックグラウンドを知らない人が集まる新しいコミュニティに飛び込んだんです」
そこでは、過去の失敗を知る人はいません。 「そこで、“明るい自分”としてスタートし直すことができた。それは、自分のパーソナリティを作り直すような経験で、私にとっては『変われた』という大きな実感がありました」
これに対し、他の参加者からは「それは、本当に根本から変わったのではなく、見せる面が変わっただけでは?」という鋭い指摘も入ります。
私たちは、家族といる時の自分、職場で見せる自分、友人といる時の自分、そして今ここで話している自分…それぞれ、少しずつ違う顔(ペルソナ)を持っているのではないか。
「環境や周りにいる人に影響されて、自分が元々持っている様々な面のうち、どれを“見せるか”が変わる。それが『変わった』と認識されるのかもしれない」
環境が変わり、付き合う人が変われば、引き出される「自分」も変わる。これは、私たちが「変化」と呼ぶものの、非常に大きな側面であることは間違いないようです。
視点2:失敗や葛藤が「変わらなきゃ」という動機を生む
「変わる」ためには、強い動機が必要だ、という意見も出ました。
「私も根本は変わらないと思いますが、失敗して変わっていった実感があります。昔、すごく感情的に物事を捉えてしまうタイプだったんですが、付き合っていた人が非常に論理的な思考の人で…。喧嘩が絶えず、別れ話が出た時に、自分の感情に振り切っている部分を猛烈に反省したんです」
その経験から、彼女は意識的に論理的な考え方を学び、実践するようになったといいます。
「『変わらなきゃ』と強く思った時、人は初めて変われるのかもしれない。逆に、変わりたくない人に『変われ』というのはお互いストレスだし、多分変わらないですよね」
現状に満足していれば、あえて変わる必要はありません。 「失敗」や「葛藤」といった強い負荷がかかり、現状を否定するほどの強いモチベーションが生まれた時にこそ、人は重い腰を上げて「変化」を選択するのかもしれません。
視点3:平野啓一郎の「分人主義」——出会う相手によって起動する「自分」
「見せる面が変わる」という話から、作家・平野啓一郎氏が提唱する「分人主義(ぶんじんしゅぎ)」の話題になりました。
これは、「唯一無二の“本当の自分”(個人=Individual)」がいるのではなく、「人との関係性の中で生まれる、様々な“自分”(分人=Divdual)」が複数存在するという考え方です。
- 会社の上司といる時の自分(分人A)
- 親友といる時の自分(分人B)
- 一人で趣味に没頭する自分(分人C)
どれが本当の自分ということではなく、そのすべてが「自分」である、と。
「その本を読んで、『自分は二重人格なんじゃないか』という長年の疑問が解けた気がしました」と、ある参加者は語ります。
「分人主義の考え方で印象的だったのは、人との別れが辛い理由です。それは、その人といる時にだけ起動していた“自分(分人)”が、もう二度と現れなくなる、消えてしまうから。それが辛いんだ、という話にすごく納得しました」
この考え方で「人は変われるか」を捉え直すと、どうなるでしょうか。 それは「新しい自分に“なる”」というより、「新しい人と出会い、新しい環境に身を置くことで、今まで眠っていた“新しい分人”が起動する」ということなのかもしれません。
付き合う人を変えるのが一番楽に変われる、という意見がありましたが、それはまさに、新しい「分人」を起動させる環境を意図的に作る、ということなのでしょう。
MBTIに見る「自分」の変化と不変
「自分とは何か」という探求は、昨今ブームとなっているMBTI(16タイプ性格診断)の話題にも及びました。
内向型(I)と外向型(E)は変わる?
「この哲学カフェのような朝活コミュニティに来る人は、内向型(I)の人が多いんじゃないか」という仮説が飛び出し、実際に参加者に聞いてみると、多くの方が「Iから始まるタイプです」と答えました。(ちなみに、なぜか建築家(INTJ)が複数人いるという珍しい現象も起きていました)
そんな中、ある参加者から興味深い発言がありました。
「私は昔、大学生の頃は間違いなく外向型(E)でした。でも、今は内向型(I)に変わりました」
きっかけは、「自己分析が好きになったタイミング」だそう。 矢印が外側に向いていた状態から、自分の内側に向くようになった瞬間に、タイプが変わった(あるいは、自認が変わった)とのこと。
MBTIのような診断は、あくまで「その時点での自分」を客観視するツールに過ぎませんが、自分が「変わった」と自覚するきっかけや、「変わらない」と思っていた自分の傾向を再確認する材料にはなり得ます。
「変わったつもりでも、客観的に見たら変わってないかもね」という意見もあり、自分が思う「自分」と、他者から見える「自分」のギャップも、「人は変われるか」を考える上で重要な視点だと気づかされました。
まとめ:対話で見えた「人は変われるか」の答え
約2時間にわたる対話の末、私たちは「人は変われるか」という問いに対する、唯一の答えを見つけたわけではありません。 しかし、その問いを解体し、様々な角度から光を当てることで、豊かな視座を得ることができました。
「変わる」を信じるか、「変わらない」を受け入れるか
今回の対話で浮かび上がったのは、以下のような多様な「変化」の姿です。
- 根本(性格)は変わらないが、考え方(対処法)は変えられる。
- 環境や付き合う人を変えることで、引き出される面(分人)が変わる。
- 強い動機(失敗や葛藤)が、自分を変革するエネルギーになる。
- 「変わった」という主観的な実感と、「変わっていない」という客観的な事実には差があるかもしれない。
結局のところ、「人は変われるか」という問いは、「自分は“変われる”という可能性を信じたいか」という、生き方や幸福に対するスタンスの問いでもあるのかもしれません。
「変わらない根本的な自分」を受け入れつつ、どうすればより良く生きられるかという「考え方」を学び続ける。そして、自分にとって良い「分人」が起動するような環境や人間関係を、主体的に選んでいく。
それが、私たちが「変わる」ということの実態なのかもしれない——。 そんな深い気づきを得られた、濃密な対話の時間となりました。
次回開催に向けて
哲学カフェでは、今後もこうした「答えのない問い」を、皆さんと一緒に探求していきたいと考えています。 一人で考えていては辿り着けない場所に、対話は私たちを連れて行ってくれます。
ご参加いただいた皆様、刺激的な意見を本当にありがとうございました。 この記事を読んで興味を持った方も、ぜひ次回の開催でお会いできることを楽しみにしています。

